会社勤めを辞めてからもうすぐ1年経ちますが、その間にも海外を含めて何度か旅行に行ったり、結婚式まで挙げたりと何だかんだで人生が回っています。
収入は減っているんですが、意外と何とかなるのかなーと。
そうは言ってもお金のことはやっぱり気になるもの。
お金がたくさんあれば人生は安心で幸せなのか?いや、そもそもお金ってそんなにたくさん必要なのか?
まあそんなことを常々考えているんですね。
そんな中、個人的に響いた本があったのでご紹介。
小池龍之介氏の『貧乏入門』。
何だか勘違いしそうなタイトルの本ですが「貧乏になれ」と言っているわけではなく、お金をかけずに幸せになる方法を模索しています。
『貧乏入門』by小池龍之介―お金があれば幸せになれると思ってない?
お金が増えると苦悩も増える?
本書を読むと人間の欲望というのはキリがないということがよく分かります。
つまり
- “不安”や”苦悩”を感じる(物欲や寒さや飢えなどの不安を解消したいなど)
- お金を使って解決する(欲しいものを買うなど)
- 一時的に脳が”快楽”を感じる
- すぐに次の”不安”や”苦悩”を感じるようになる(1よりも強く)。
- 2番に戻る(以下繰り返し)
ということらしいです。
例えばカメラのレンズが欲しい(あのレンズさえあればもっといい写真が撮れるのに…と苦悩)→買っちゃう→嬉しい、楽しい、大好き!(買ったレンズが)→やっぱりうまく撮れない→やっぱりあっちのレンズが…(以下無限ループ)的な感じですかね。
まあ我々はつくづく資本主義的な価値観に踊らされているなー、という感じですな。
とは言え「貧乏くさい」のはNG
じゃあ守銭奴みたいにお金を貯めこむのが良いのかというと、実はそうでもないんですね。
お金が欲しいがゆえに、ボロい服を着て安い食事をして…という「貧乏くさい」生活を送るのでは本末転倒なわけで。
本当に必要なモノにはきちんとお金を投入するべきです。
しょう油一つ買うにしても「安いから」で選ぶのではなく、体のことを考え「品質」で選ぶとか。
服もペラッペラのチープな服を選ぶでなく、ちゃんとした素材で長く着れるちょっといいモノを選ぶとか。
まあそういうことです。
「日常生活を楽しむ」を基準にしてみる
気の向くままにお金を使うのでも、必要なモノなのにお金をケチるのも、結局のところは不健全な姿と言えそうです。
そこで「日常生活を楽しむ」という基準を設けてみてはどうかと。
オシャレでお高いレストランでの食事と、お弁当を作って公園でピクニック。
居酒屋で飲み会と、自宅に食事を持ち寄ってパーティ。
どちらも「楽しい」ことには変わりないですよね?
むしろ後者の方が楽しかったりしませんか?
不必要にお金を使わなくても、ちょっとした工夫で「日常生活を楽しむ」ことは十分できるわけですな。
そして浮いたお金は本当に必要なところに投入すれば、お金のことで気を煩わせずにいい感じのサイクルができそうな気がしませんか?
まとめ
現代社会では何をするにもお金がかかります。
ただ、それが本当に必要な出費なのか、自分の欲望を叶えたいための一時的な気の迷いなのかをしっかり見極める必要がありそうです。
結局のところ、お金というのはツールに過ぎません。
お金がたくさんあるとか、少ししかないとか考えるのはあまり意味のないことで。
むしろいかに人生を楽しむか、幸せに過ごすかというのを考えたほうが建設的なんじゃないかなと。
もちろん何かあったときに備えて、最低限の蓄えは必要ですけどね。
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